哲学エヴァンジェリスト高橋聡の読書へのいざない

このブログでは、私が読んだ本のどういう点があなたに役立つかを明らかにします。 コメントは、気軽にいただければ幸いです。あなたのコメントは、私の糧になります。私のコメントはあなたの糧になります。 哲学エヴァンジェリスト 高橋聡

2016年10月

【ニーチェのツァラトゥストラ1】

 

ドイツの有名な哲学者ニーチェの代表作

『ツァラトゥストラ』3章の「重さの霊」を読んでみましょう。

 

 

一節に次のような文章があります。(以下の抜粋は中央公論社・世界の名著版から)

//

とるに足らないものをわずかな量だけ摂ることで身を養い、

いつも飛ぼう、飛び去ろうという身近な心構え、これが私の性癖だ。

それは鳥の性癖を持っているとは言えないだろうか。

 

そしてとくに、わたしが重さの霊の敵であること、これこそ鳥の性癖である。

まことにそれは不倶戴天の敵、宿敵、根本の敵である。

おお、私のこの敵意はすでに八方に向かって翼をふるったのだ。

//

 

 

重さの霊とはなんでしょうか。

このヒントは、サブタイトルにあります。

 

 

//

不倶戴天の敵である重さの霊とは、

ここではおもに世俗的な他律的価値観念である。

真の自己に帰れば、自由と軽さが得られるのだ。

//

 

 

世俗的な排他的価値観念とは、ずばり他人からの指図を待って

がんじがらめになって飛べない鳥のようなもの。

だからニーチェは、重力にしばられて動けない霊を重さの霊と呼んでいるのです。

そしてニーチェは二節でいいます。

 

 

//

かれは、大地と生を重いものとして考える。

重さの霊がそう望むのだ。

だが、重さの霊に抗して軽くなり鳥になろうと望む者は、

おのれみずからを愛さなければならない。

―これがわたしの教えである。

//

 

 

鳥になって飛ぼうと思うものは、おのれみずからを愛さないといけない。

ニーチェ=ツァラトゥストラの教えはわかりやすいです。

ただ、彼はただ飛ぶだけではいけないといいます。

 

 

//

すなわち、わたしの教えはこうだ。

飛ぶことを学んで、それをいつか実現したいと思う者は、

まず、立つこと、歩くこと、走ること、よじのぼること、

踊ることを学ばなければならない。

―最初から飛ぶばかりでは、空高く飛ぶ力は獲得されない。

//

 

 

つまり、低空飛行が初めからできそうな状態であったとしても、

低空飛行することに満足するな、ということです。

空高く飛ぶようにするためには、様々な部位を鍛えなければなりません。

 

 

様々なことを鍛えないといけないということは、

どれか一つだけだといけないのです。

どれか一つだけ、ではなく総合的に高く飛べるための訓練をしないといけません。

これは何にでも言えることではないでしょうか。

それぞれの長所を伸ばしつつ、それだけではなく、自分ができないこともできるようになる。

そうやって人間はより長所を伸ばすことができるでしょう。

 

草の根平和推進者 平高橋聡

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)
フリードリヒ・W. ニーチェ
河出書房新社
2015-08-05

 

サイードの『オリエンタリズム』読書中。
 
 
イスラエル・エジプトで育ち、アメリカのアカデミズムで活動した
エドワード・サイードの現代思想界を転回させた著作。
 
 
何度か読んでいますが、読むたびに気づきが得られます。
まだはじめのほうですが、サイードはフーコーの権力論に
刺激を受けつつ、オリエントとオリエンタリズムの研究をはじめたのです。
 
 
//オリエントはヨーロッパの対話者ではなく、
そのもの言わぬ他者であった。//
 
 
オクシデント(西洋)はオリエント(東洋)のことを
学術的にも、政治的にも常にもの言わぬ他者として
西洋側の都合の良いようにイメージを形作ったのです。
 
 
『オリエンタリズム』の上下巻は、このオクシデントが
オリエントをいかに扱い、差異化し、自分が有利になるように
仕向けたか、綿密なテキスト批判を行いつつ明らかにします。
 
 
今もこの状況は完全に解消されたわけではありません。
現代社会分析の一つの有効なものなんで、
一読の価値のある書物です。
ぜひ読んでみてください。

草の根平和推進者 平高橋聡

オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)
エドワード・W. サイード
平凡社
1993-06

 

オリエンタリズム〈下〉 (平凡社ライブラリー)
エドワード・W. サイード
平凡社
1993-06

 

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