〇法然上人の主著『選択本願念仏集』

平安末期から鎌倉時代、

仏教はさまざまな宗派が生まれた。

 

その嚆矢となったのが、

法然の浄土宗である。

 

浄土宗を起こした法然の主著が

選択(せんちゃく、せんじゃく)本願念仏集(以下、『選択集』)

である。

 

この書物に示された法然の教えは

平安時代以前に成立した仏教を

時代遅れのものとし、

日本独自の仏教が生まれるきっかけをつくった

 

今回はその書物のタイトルに含まれる

「選択」ということばの意味について

考えていきたい。

 


〇「選択」の意味とは?

われわれが普通、選択という言葉を使うとき、

それはどういうことを意味しているだろうか。

 

広辞苑を開くと、

「えらぶこと。適当なものをえらびだすこと。

よいものをとり、わるいものをすてること」

という。

 

実際、われわれは人生の重要な局面において

常に選択を強いられている。

 

学校に行くか、就職をするか。

学校に行くにしたら、どこの学校に行くか。

就職するにしても、どんな仕事をするか。

今の仕事がいやになったとき、

続けるかそれともやめるのか。

 

このようなときに、選び取った行為そのものを

われわれは選択というのである。

 

この「選択」(せんたく)の意味は、

法然の生きた平安末期でも変わらない。

 

事実、『選択集』三章に次のようにある。

 

この中、選択とは、即ちこれ取捨の義なり。

 

選択とは取捨の意味という。

取捨とはつまり、いいものを選び取り、

悪いものを捨てることである。

 

選択(せんちゃく、せんじゃく)と呼ばれた

当時でもその意味は同じ意味で使われていたのだ。

 

〇誰が何を選択するのか?

では問題とはなるのは、

誰が選択するのか、

また何を選択するのか、ということだ。

 

つまり、選択の主体と対象である。

 

「選択本願」という場合の「選択」の主体とは、

間違いなく選択したのは阿弥陀仏である。

 

阿弥陀仏が幾億とある本願の中から、

四十八の本願を選び取った。

それもすべての人々を助けるのに必要な本願だけを

進んで選び取ったのだ。

 

その中で最も重要となる第十八願では、

念仏以外のすべての雑行を選び捨てて、

念仏、つまり阿弥陀仏の名をとなえる行を選び取ることの

大事さが述べられている。

 

以上が『無量寿経』の選択の思想である。

 

だがここで大事なのは、

それまでの仏教、

とくに真言宗と天台宗という

総合仏教がさまざまな行を行ってきたのに対し、

法然が命を懸けて

専修念仏のみを選択したことなのだ。

 

その結果、浄土宗は迫害されるわけだが、

民衆が簡単に実践できる念仏を重視したがゆえに、

民間に仏教が広まり、

さらに日本独自の仏教ができたのだ。

 

つまり、『無量寿経』には

阿弥陀仏による本願の選択という

選択の思想がすでに含まれていた。

 

法然はこの選択の思想を再発見し、

その中で特に重要な第十八願の

念仏をことさら選択した。

 

法然の念仏の行の選択は

既成の仏教勢力からの迫害を予想したものであり、

命をかけた主体的な決断であった。

 

それでも、これが大事なことなのだが、

それはまったく本願他力の結果起こったものだと

おそらく法然は言うだろう。

 

阿弥陀仏が法蔵菩薩のときに選択した本願と、

法然が本願のなかでも特に念仏を選択したこと、

これは必然であり、

すべて阿弥陀仏の導きによるものなのだ。

 

〇なぜ念仏を「選択」したのか。

なぜ阿弥陀仏が念仏を選択したのか。

その問いは、なぜ法然が念仏を選択したのか、

という問いと同義である。

 

この問いをどう考えればよいだろうか。

とくに選択を二つの意味に分けて理解すればよいという。

 

ひとつは勝劣。もうひとつは難易である。

 

勝劣の観点からいえば、

念仏が優れていて、ほかの一切の行は劣っている。

阿弥陀仏の名号の功徳は

他の行の功徳より圧倒的に勝っているからこそ、

阿弥陀仏は第十八願で念仏を選択されたのだ。

 

難易の観点からいえばどうだろうか。

念仏は実践しやすく、他の行は実践が難しい。

簡単にいうならば、

だれでも実践できるのが念仏なのに対し、

他の行は一部の人しか実践できない難行なのだ。

 

この二つの観点からいうと、

仏が念仏を選択されたのは当然である。

なぜなら、阿弥陀仏の名号をとなえることは

他の行の功徳より勝っており、

さらにどんな人でも簡単にその行を実践できるからだ。

 

この二つの理由から考えると、

念仏以外の行が最勝となることは

すべての衆生を助けるといった阿弥陀仏にとっても、

仏教者としてすべての人をなんとか救う手立てを考えた

法然にとっても、

疑問の余地がない。

 

だからこそ、

専修念仏を選択したのである。

 

〇選択とは「実存的決断」である

簡単にいうと、選択とは実存的決断なのだ。

実存的決断とは次のようなことだ。

 

物事や世界の本質や性質があったとしても、

そういうことは関係ない。

ただ、自分が存在していることを了解したうえで、

その自分にとって意味のある決断をする、

ということである。

 

法然は過去の仏典に寄っている部分が強いとは言え、

やはり迫害を予期しても、

あえて専修念仏の重視を退けることは絶対しなかった。

そして『選択集』を世に出したのだ。

 

そのときに、ぼくが特に思い起こすのは次のことだ。

法然の父が亡くなったときの話である。

 

法然の父は、武士だったため、

縄張り争いをしていたライバルの武士に

襲われ、命を絶たれた。

その際の臨終のことばがこんな感じのことだ。

「法然よ、敵を恨むな。

子が敵を恨んでその敵を討てば、

親が子に、子が孫へと仇討を継続させることになってしまう。

命はだれもが大事にすべきものだ。

恨みの心を誰もが持つこともなく、

親しい者も、親しくない者も、共に救われる道を探して

仏門に入ってくれ」

 

だが、若くして比叡山に入った法然だが、

結局は僧が修行して初めて悟りが開けるという

考え方ばかり。

法然の父と、

法然自身が求めたものとは程遠いものだった。

 

念仏の存在自体は知っていたが、

やはり修行の一つとして

存在していただけだった。

 

そんなとき、法然は善導の書物に出会う。

善導は中国浄土教の実質的開祖と言われる人物だ。

 

その善導の書物の中に、

専修念仏、口称念仏が

もっとも大事だという文言を見つけ、

「これこそが父と私が求めていた

人々皆が救われる道だ」と確信し、

浄土宗を開くことになったのだ。

 

だからこそ、

名声高き僧として活躍した時でも、

迫害された時でも、

一貫して念仏を唱えることの大事さを

人々に訴え続けたのだ。